学生達の声

宗門校に学んで「本願寺新報 2018年2月20日号より転載」

宗門の学校組織体・龍谷総合学園には日本、ハワイの24学園が加盟しています。各学園では、日々の礼拝や授業などを通して仏教の教えに触れています。今春、高校を巣立つ5人の生徒たちに宗門校で学んだことや、気付かされたことなどを綴ってもらいました。

学生達の声 岡山・岡山龍谷高校●岡山・岡山龍谷高校

岡山龍谷高校では5月中旬に花まつりを行う。

保護者にも参加してもらえるようにと総会を同日に開いている。

学生達の声 石川・金沢龍谷高校●石川・金沢龍谷高校

金沢龍谷高校では生活総合の授業として、隣接する系列の藤花幼稚園の園児と交流。

園児たちとスポーツや調理実習を行っている。

 

周りの支えで私が存在する【広島】

進徳女子高校3年
原田 侑希

 私は3年間、宗門校の進徳女子高校に通い、宗教行事や授業を通して仏教に触れ、生命について深く考える機会を得ました。
 高校では月1回、全校生徒が講堂に集まり、礼拝を行い、お経を読んだり感話を聞いたりします。また、お釈迦さまの誕生日である4月8日の花まつりの日に入学式が行われ、親鸞聖人のご命日である1月16日にご恩に報い感謝する集いとして報恩講が行われます。授業の中でも日本の文化に触れる場として茶道の授業もあります。
 その高校生活で私が最も深く考えさせられたのは、生命についてです。当たり前のことができているのは、周りで支えてくださる方々が存在するから。今私が存在しているのは、私の知らない何らかの犠牲があるから。自分のことしか考えず、わがままに生きていないか、仏教の考えに基づき自分自身のあり方を振り返り、深く考えることができました。
 きっとこのような授業がなければ、将来の人生もなんとなく進んでいってしまったと思います。人生の岐路である高校生活で生命について考える機会があったのは本当によかったと思います。この機会を無駄にすることなく、これからの人生に生かしていきたいと思います。

朝の礼拝が心の財産に【富山】

龍谷富山高校3年
堀田 優菜

 本校では毎日、朝の礼拝が行われており、また、月に2、3回は学年やクラス単位で礼拝をします。そして、先生方からのお話を聴きます。
 中でも私が一番心に残っているのは、「人生を豊かにするには、多くの挑戦と失敗が必要だ」という言葉です。私はそれまでは、失敗しないようにと行動が消極的になったり、やる前から諦めたりすることがありました。しかし、「失敗を土台にすればいい」と、何事も前向きに捉えられるようになりました。
 そして、何人もの先生方の話を聴くことによって、自分が考えてもいなかった視点を得ることができ、少しずつ感性が育まれたように思います。
 限られた時間の中で、心が豊かになり成長することのできる朝の礼拝に参加できたことは、私の「心の財産」となりました。この3年間、多くの先生から学んだことを、これからの人生の糧かてとして、次の世代に伝えていきたいと思います。

受け入れることの大切さ【北海道】

札幌龍谷学園高校3年
村上 攝

 私が札幌龍谷学園で学んだことは「受け入れることの大切さ」です。仏教ではこの世を生きていくことは「苦しみ」であると説きます。このことは私たちが自分の周囲の環境が大きく変化したときに感じます。
 そして、このことは私たちが生きていると何度も受けるものであり、大切な人を失ったり、大きな壁にぶつかったりしたときなどに感じるものだと思います。このように、この世にあるすべてのものに永遠はなく、常に変化していくことを「諸行無常」であると仏教の授業で習いました。
 私はこの教えを初めて聞いた時、とても拍子抜けしたのを覚えています。なぜなら、その教えを知ってもどうすれば心が楽になるのかがわからなかったからです。しかし、大きな悩みを抱えていた時に、この教えの大切さに気付きました。私はその悩みに対して「受け入れる」ということができず、周りの変化に気付くことができなかったのです。この経験で「諸行無常」という教えの本当の意味に気付くことができました。
 このことがきっかけで、どんな困難があろうとも、また、どんな楽しみがあろうとも永遠のものではなく常に変化し、自分の努力次第で困難を乗り越えていくことの大切さも知ることができました。私は宗門校で学んだことを生かしてより良い人間になれるよう努力していきたいと思います。

考え方の幅が広がる【兵庫】

兵庫大学附属須磨ノ浦高校3年
児島 愛希

 私は兵庫大学附属須磨ノ浦高校のバレーボール部に入部したいと思い入学したので、宗門校ということは知りませんでした。
 初めに驚いたことは、入学式の時に聖歌隊がガウンを着て聖歌を歌っていたことです。また、「宗教」という授業があること、月例礼拝や年4回の大礼拝があり、その時には、聖典と念珠を持つことにも驚きました。
 校門を入る時と出る時に一礼をします。今では当たり前となったけれど、これも宗門校ならではだと感じました。宗教の授業は、黙想し、心を落ち着かせてから始まります。授業では毎回詩を読みます。「ただいま」という詩が印象に残っており、家族だけではなく、自分の居場所がここにあると思った時に、自然と出てくる言葉なのだと考えました。
 また、バレーボール部には「和敬」と書かれた部旗があります。練習後は全員で、丹田(下腹部あたり)に手を当てて黙想します。練習でどれだけ腹の立つことがあっても、心が動揺していても、どんな気持ちの時でも、これをすると一気に落ち着きます。
 宗門校に入学したことで、「礼拝」や「黙想」が身近なものになりました。仏教を知る前より、違った物事の捉え方ができ、考えの幅が広がったように感じます。宗門校で学んだことを進学先の京都女子大学でも生かしていきたいです。

今日という日の有り難さを【佐賀】

敬徳高校3年
楠村 叡照

 私は、敬徳高校で宗教の授業を学んで、今日という日を過ごせることが、どれだけ有り難いか気付かされました。そして今という時間がどれだけ大切なのかも改めて実感しました。
 何気なく生きている毎日が当たり前の日々になっていますが、今という時間を過ごせることはとても幸せなことです。また、時間は繰り返しがききません。二度と戻らない時間を後悔しないよう、さまざまな学校行事に、より真剣に取り組めるようになりました。
 さらに、毎週行われる全校集まっての仏参行事は、宗門校でしか味わえない雰囲気で、とてもいい経験になりました。毎月のご命日法要では、僧侶の方々のお話を聞きました。私たちにとって身近な話題をもとに、今まで考えなかったけれど人生において非常に大切なことなどを教えていただき、貴重な機会となりました。
 敬徳高校の3年間で学んだことを日常の生活に生かし、これからも仏教との関わりを大切にしていきたいと思っています。